2023.07.11
ルノー トゥインゴの30年は驚きと喜びの連続だった
トゥインゴがデビューしたのは1992年のパリモーターショーでのこと。現場にいたわけではないけれど、発表の様子ははっきり覚えている。当時はヨーロッパを中心に、地球環境問題に対する議論が高まりつつあった頃。パリショーも少し前までの華やかな雰囲気は影をひそめ、現実志向の展示がメインになりつつあった。そこに登場したのが、ルノーでもっともコンパクトな車種になるべく送り出されたトゥインゴだった。
ルノーは1970年代から80年代にかけて、4(キャトル)と5(サンク)という2種類のコンパクトカーを用意していた。60年代生まれの前者はベーシック、70年代に入って登場した後者はファッショナブルというキャラクターの違いがあった。
しかし90年代を迎えて、5がルーテシアに進化し、上質な仕立てになったのに対し、4は古さが目立つようになっていた。ツールでありつつアイドルでもあるような、まったく新しい発想のコンパクトカーが必要と考え、送り出したのがトゥインゴだった。
Retromobile2023に展示された初代トゥインゴ
ルノーは1984年、ヨーロッパで初のミニバンとなるエスパスを登場させ、多くのユーザーから支持された。トゥインゴは、このエスパスのモノスペースのパッケージングを、そのままコンパクトカーで実現したというコンセプトがまず画期的だった。リアシートは背もたれを前に倒せるだけでなく、全体を跳ね上げたり前後にスライドしたりも可能で、前後の背もたれを倒してフルフラットにできるなど、キャビンもまたミニバンを思わせるマルチパーパスな作りだった。
しかもデザインは、少し前にルノーのデザイン部門トップに就任したパトリック・ル・ケマンの主導で、笑っているような半円形のヘッドランプ、デジタル式センターメーター、カラフルなスイッチなど、愛らしいディテールをちりばめていた。
笑っているような半円形のヘッドランプ
日本に導入されたのは3年後。当時、自動車雑誌の編集部を辞め、フリーランスのモータージャーナリストとして独立したばかりの僕は、経済的で多用途に使えるクルマが欲しかった。トゥインゴはうってつけの1台だった。原色のボディカラーはちょっと恥ずかしいと思ったので、ブラックのキャンバストップ付を手に入れた。
筆者が所有した初代トゥインゴ
5年もの間、駆け出しのフリーランスの生活を支えてくれたトゥインゴは、コンパクトなのにマルチに使える便利なクルマで、経済的でもありながら、ルノーの例にもれず直進安定性は抜群で、快適性も高かった。そこに愛らしいデザインが加わって、日々の生活に彩りを加えてくれていた。しかしながら、初代トゥインゴにはウィークポイントがあった。エンジンルームを限界まで切り詰めたパッケージングのために、右ハンドルが作れず、ディーゼルエンジンを載せることができなかったのだ。
その点を解消したのが2代目で、初代のパッケージングを継承しつつ、エンジンルームに余裕を持たせるフォルムとなって、2007年に誕生した。当初の目論見どおり、ヨーロッパ向けにはディーゼルエンジンを設定し、日本向けは右ハンドルになったが、さすがはルノー、このスペースに高性能ユニットを積むことも忘れなかった。当初から1.2リッターエンジンにターボを装着したGTを用意すると、ルーテシアに続いてルノースポールも送り出した。トゥインゴRSである。ルーテシアに積まれていた1.6リッター自然吸気を搭載し、ボディは太いタイヤを収めるためにフェンダーフレアが追加されていた。それでも日本の5ナンバー枠に収まっていて、我が国の道路事情をわきまえたような成り立ちだった。
僕はトゥインゴRSの日本導入に先駆けて、フランスでの試乗を体験した。パリからル・マン、そしてルノースポールやアルピーヌの聖地と言えるディエップに向かうというロングランだったが、活発なエンジンと軽快なハンドリング、予想以上の快適性のバランスに感心した記憶がある。
フランス取材時に撮影された2代目トゥインゴのRS
この2代目トゥインゴが販売を続ける中、当時のルノー日産アライアンスが、メルセデス・ベンツやスマートを擁するダイムラーと提携を結ぶという出来事があった。ここから生まれたのが2014年に発表され、現在も販売されている3代目トゥインゴだ。最大の特徴は、0.9リッターターボあるいは1リッター自然吸気の3気筒エンジンをリアに積み後輪を駆動する、RR方式を採用したこと。しかしこれは、基本設計を共有するスマートがそうだったからというわけではない。
筆者は2代目トゥインゴRSに続いて、フランスで取材をする機会に恵まれた。プログラムディレクターの口から出たのは、ルーテシアとは異なる、トゥインゴ独自のキャラクターを与えたいという中で、かつてルノーが手がけていたRRに着目。ダイムラーとの提携により、実現に向かっていったということだった。
そして現在もルノーのデザインを率いるローレンス・ヴァン・デン・アッカーからは、歩行者保護対策が厳しくなって、初代のようなモノスペースは難しいという中で、かつてWRC(世界ラリー選手権)で活躍したミッドシップスポーツ、5ターボにヒントを得たというエピソードが返ってきた。
フランスでの試乗はパリ市内がメインだった。そこで3代目トゥインゴはRRの良さを存分に発揮した。雨の石畳でも、発進の際にホイールスピンはなく、絶大なトラクションを生かしてスピーディにスタートしていけるし、普通のクルマでは到底曲がりきれないような鋭角の路地も余裕でクリアできた。パリが仕立てたコンパクトカーというキャッチコピーを、五感で体験することができたのだ。
パリ市街を走る3代目トゥインゴ
初代がパリショーでデビューしてから30年あまり。振り返ればトゥインゴは、いつも独創や革新にあふれていて、クルマとともにある生活を楽しませてあげようというメッセージをストレートに届けてきた。
もちろんそれはルノーというブランドのイメージでもあるのだが、とりわけトゥインゴはボディがコンパクトなので、その味がぎゅっと凝縮されている感じがする。小さいから薄味なのではなく、むしろ奥が深い。それがいつ乗ってもワクワク、イキイキさせてくれる理由ではないかと思っている。
森口 将之:モータージャーナリスト
1962年東京都生まれ。自動車専門誌の編集部を経て1993年に独立。雑誌、インターネット、ラジオなどで活動。ヨーロッパ車、なかでもフランス車を得意としており、カテゴリーではコンパクトカーや商用車など生活に根づいた車種を好む。一方で趣味としての乗り物である旧車の解説や試乗も多く担当する。試乗以外でも海外に足を運び、現地の交通事情や都市景観、環境対策などを取材。二輪車や自転車にも乗り、公共交通機関を積極的に使うことで、モビリティ全体におけるクルマのあるべき姿を探求している。日本自動車ジャーナリスト協会、日仏メディア交流協会、日本デザイン機構、各会員。著作に「パリ流 環境社会への挑戦(鹿島出版会)」など。