2019.09.13

RENAULT PRESSE #91 Column:フランスの最も美しい村 Les plus beaux villages de France


  • Renault Presse #091, SEPTEMBER 2019
    Words & Photos by Mari Matsubara
    Illustration by Toshiyuki Hirano
  • フランスの最も美しい村
    Les plus beaux villages de France

  • フランスの魅力は地方にありと言っても過言でないほど、
  • 自然の美しさや効率優先ではない豊かな人間の営みに
  • 魅せられます。今回は2つの小さな村をご紹介します。
  •  「フランスの最も美しい村」を知っていますか? 1982年に設立された協会で、150以上の村とコミューンが登録されています。この協会の認定を受けるには、人口2,000人未満であることや、歴史的建造物や自然遺産を含む保護地区を最低2か所もつことなど、いくつかの条件があります。パリに住んでいた頃に強く印象に残っているのは、フランスの地方の素晴らしさです。新幹線に乗っても車窓には延々と都市が続くような東京と違い、パリを出発したTGVはものの30分ぐらいで、近代的な家がほとんど見当たらない、のどかな田園や美しい牧草地帯を走ります。小さな村にこそ、フランスの魅力があると言ってもいいぐらいです。ここでは私が旅したことのある2つの村をご紹介しましょう。

  • Vézelay ヴェズレー

     パリから電車で2時間半、バスに乗り換えて15分。ブルゴーニュ地方のヴェズレーという村には、友人の結婚式のために訪れました。バス停の前に大きな旗が揺れる石造りの門があり、そこから村で唯一のメインストリートが伸びています。ヴェズレーはモルヴァン山脈を見晴らす小高い丘にある村で、丘の頂上のサント=マドレーヌ大聖堂に向かって、すべての道がゆるやかな上り坂になっています。人口はわずか430人ほどで、通りですれ違う人はほとんどが旅行者なのでしょう。9世紀に建立され、11〜12世紀、さらに19世紀に修復された大聖堂は、ロマネスク建築の傑作といわれています。ゴシック様式よりも前の時代のロマネスク様式は、開口部が小さく、ゴシックの特徴である大ステンドグラスもないのですが、ローマ風の円形アーチの天井は質素で荘厳そのもの。ファサードや柱頭にほどこされた彫刻は素朴で超現実的で、原初の純粋な信仰心を彷彿させて胸を打ちます。ちなみにこの教会とヴェズレーの丘はユネスコの世界文化遺産にも登録されており、またスペインのサンチャゴ・デ・コンポステーラ*1に続く巡礼路の起点でもあるので、多くの人が訪れます。

     メインの通りから脇道へ入ると、舗装されていない田舎道に民家が立ち並び、その石壁の色や赤瓦、木戸に塗られたペンキの色にいたるまで、何ひとつ目に邪魔なものがなく、すべてが穏やかな色調で自然の風景に溶け込んでいます。なんの変哲もないただの路地ですが、これこそ「フランスの最も美しい村」の称号にふさわしい光景なのだと感動します。


  • ヴェズレーの丘の頂上にあるロマネスク建築のサント=マドレーヌ大聖堂。
    正面入り口の扉の上にある半円形の部分(ティンパヌム)の彫刻が特に有名。


  • メインの通りにはアートギャラリーやアンティークの店、素敵な雑貨店などが並ぶ。
    サボ(木靴)の工房兼ショップには可愛い看板が。



  • Auvers-sur-Oise オーヴェル・シュル・オワーズ

     さてもう一つの町、オーヴェル・シュル・オワーズは「フランスの最も美しい村」のリストには入っていないのですが、パリからローカル線で約1時間と、日帰りも充分可能な近場なのでオススメの町です。


  • パリの北西約40㎞にある町は、セザンヌ、ピサロ、コローら印象派の画家が多く滞在した。
    そのうちの1人、ドービニーの家は見学可。写真はガシェ医師の家へ向かう道。


  •  南仏アルルで精神の平衡を失い自ら左耳を切り落としたゴッホは、翌年から約1年間をサン=レミの療養所で過ごしたのち、1890年5月から命を絶つ7月までを、このオーヴェル・シュル・オワーズで暮らしました。当時の画家たちを買い支え、とりわけゴッホのことを心配していたガシェ医師がこの地に住んでいたので、ゴッホを呼び寄せたのです。ゴッホがその肖像を描いたガシェの家は今もこの町に残され、見学が可能です。そして必ず訪れたいのは、ラヴー亭。今は感じのいいビストロになっているこの店は、当時は上階を下宿人に貸しており、ゴッホはここに落ち着きました。ゴッホが最期に拳銃自殺を図った屋根裏部屋も現在見学できますが、わずか7m2の、小さな天窓だけの薄暗い部屋には、今もなおゴッホの悲しみが沁みついているように感じました。

  •  ゴッホはこの町で、最期の70日間に70点もの油彩を描きました。驚異的なスピードで、命燃え尽きるまで描きまくったもの——オーヴェル教会(ノートルダム聖母被昇天教会)やカラスのいる麦畑などを見て回るのも感慨深いです。麦畑のそばの共同墓地の一画には、ゴッホの墓と弟テオの墓が並んでいますので、ぜひ立ち寄ってみてください。


    • 町の外れに位置する共同墓地の一画にある
      ゴッホの墓(左)と弟テオの墓はびっしりとツタに覆われている。
      墓地の入り口には 墓石の場所を示す地図があるので迷わず見つかる。


    • ゴッホが最期の70日間を過ごした食事付きの下宿「ラヴー亭」の外観。
      現在1階のビストロで美味しい料理がいただける。



    • 松原 麻理 Mari Matsubara
      9年間のパリ生活を経て、現在は東京で雑誌を中心に編集・執筆活動中。パリ在住中に取材・執筆した連載をまとめた『&Paris パリの街を、暮らすように旅する。』(マガジンハウス刊)発売中。 Instagram @marianne_33


*1 サンチャゴ・デ・コンポステーラ:キリスト教の聖地のひとつとされるスペイン北西部の都市。この地をフランスから目指す巡礼路は4つあり、そのうちの1つの出発点がヴェズレー。

※掲載情報は2019年9月時点のものです。

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