2023.03.31
KANGOOのすべて Design Interview/カングーであること─ それこそが最も難しい問題だ
「カングーには商用と乗用の両方を用意します。それがデザイン的に最大の難しさです。カングーは商用車としての機能をすべて満たしながら、同時に商用車っぽさはできるだけ抑えなければなりません。そのために、新型カングーのデザインにはいろいろな工夫が凝らされています。」と切り出したのは、ルノーでLCV(ライトコマーシャルビークル=小型商用車)部門のデザインディレクターを務めるルイ・モラス氏だ。
日本におけるカングーは当然のごとくマルチパーパスな乗用車(以下、MPV)として乗られている。フランスをはじめとした欧州でも全体の半分近くがMPVとして使われるが、逆にいうと、残る半分以上は商用車=LCVということでもある。
「新型カングーのサイドデザインには、ポイントがふたつあります。ひとつめにして最大のポイントは張り出したショルダーラインです。これは先代カングーにはなかった特徴で、他社LCVを含めても異例のデザインといえます。これによって低重心感と落ち着き、そして乗用車らしさを表現しています。
もうひとつは、カーゴ(=荷室)部分を大きく見せるデザインに配慮したことです。プロフェッショナルはあくまでカーゴの機能を買うわけですから、その部分のアピールは重要です。一方で、乗用車仕様ではピラーをブラックアウトすることでMPVらしさを表現していますが、こういうデザインができるのも頑強に見せるショルダーがあるからこそなのです。さらに今回はリアウインドウを傾斜させています。これも乗用車仕様にした時の“下駄箱”に見えないバランスとするための工夫であると同時に、LCVとして見てもダイナミックで頼りがいがあります。」
そう説明されると、なるほど新型カングーにはほかにも乗用車らしさを強調するデザイン処理が多い。彫りの深いフロントフードも水平基調で、エンジンルームが強調されたシルエットは乗用車的である。
「それは新しい排ガス基準のためにエンジンルームを大きくしなければならなかったという理由もあって、それを逆手に取った面もあります。デザイン的にはよりダイナミックかつ頑丈な印象を意図して、水平なフロントフードに加えて、フロントウインドウを寝かせてサイドウインドウを小さくしています。それらには視覚的なダイナミックさとともに、空力的な意味もあります。
それでもカーゴスペースだけは犠牲にしていません。LCVとしてはそれが絶対条件で、デザインとカーゴの両立が新型カングーでの大きなチャレンジでした。そのためにサイドウインドウとボディ下半身のバランスを徹底的に突き詰めて“これしかない”という比率にしました。」
続いて、モラス氏にカングーというより、LCVならではのデザインの難しさを聞いてみる。
「デザインの進化スピードだけでいえば、乗用車の方が明らかに速いので、LCVのデザインはどうしても乗用車を追う形になってしまいます。ところが実際のお客さまは平日にLCVで仕事をしていても、休日は高品質な乗用車に乗ったりするわけですから、そこにギャップがありすぎてはいけません。やはり、ただの四角い箱ではなく、ある程度トレンドに沿ったデザインが必要なのです。LCVのお客様は基本的にプロフェッショナルですから、アンケートをとっても購入理由に“外観デザイン”のという項目は挙がりませんが、実際にディーラーまで足を運んでもらうには、外観デザインがひとつのキッカケになっているのもまた事実です。」
ただの飾りには騙されないプロフェッショナルが相手という意味では、新型カングーのインテリアデザインにもLCVとMPVの二刀流ならではの難しさがあるという。
「インテリアを構築する時には、このクルマに乗るプロは車内で何を使うのかを徹底的に調べてデザインします。特に今回見ていただきたいのはメーターフード部分に設けた“隠せる収納”と、その両脇の左右どちらも装着できるスマートフォンホルダーです。これらは今という時代に合わせた工夫で、スマートフォンを同時に2台ホールドできるようにしたのは、プライベートと会社用のスマートフォンを使い分けるプロが多かったからです。
ダッシュボードがアッパー、ミドル、アンダーという三層構造のデザインになっているのは、ルーテシアやキャプチャーとも共通する最新ルノーファミリーのデザインです。LCVでありながらも、座った瞬間にルノーファミリーのMPVであることを分からせるのも今回のチャレンジでした。新型カングーではメッキ部品などを細かく使って最上級の乗用車までカバーできるように、まさにパズルを積み上げていくようなデザインになっています。」
新型カングーで印象的なのは、先代カングーの代名詞ともいえる「L字型パーキングブレーキレバー」が姿を消したことだ。
「L字ブレーキレバーは2代目当時の使われ方を考えて採用したものですが、コンソール付近の収納性や空間効率を考えると邪魔モノであることも事実でした。今回はEPB(電動パーキングブレーキ)が用意されて手動パーキングブレーキの需要がかなり減ることも予想されました。それでもL字をやるべきか……検討してやめる判断しました」
さらに「ブラックバンパーとボディ同色バンパーを、同じ形状でいかに成立させるかもカングー特有の難しさです。実際にはさらにフロントグリルだけで乗用、商用、電気自動車用の3種類があって、ボディ全長も2種類、スライドドアも両側と片側、そしてセンターピラーレス……と、カングーには膨大なバリエーションがあり、すべてをデザインしないといけません。」と語り始めたモラス氏は「新人デザイナーがカングーを担当する場合、これからデザインする仕様数を最初に伝えると逃げてしまうので(笑)、ひとつのデザインが終わったらまたひとつ……と渡すのが鉄則です。」と冗談めかして笑った。
このように新型カングーでは乗用車仕様はより乗用車らしく、LCV仕様との違いを明確化することが大きなデザインテーマだったわけだ。ところが、我ら日本のカングーファンは「LCVならではのツールっぽさ」に恋焦がれている部分もあり、先代でもブラックバンパーの人気が高かった。ルノー・ジャポンもそれを受けて、ベースは豪華装備のMPVなのに、LCVっぽいブラックバンパーを組み合わせた「クレアティフ」という日本独自グレードを用意した。足もとは全車ハーフキャップ付きスチールホイール、リアは当然ながら観音開きダブルバックドアなのだが、本国ではハーフキャップもダブルバックドアもLCV専用装備なのだ。そこで「せっかく乗用車らしいデザインに進化させた新型カングーに、あえてLCVっぽい装備を散りばめて楽しむ日本人」をどう思うかを、モラス氏にずばり聞いた。
「日本の皆さんが独自のセンスでカングーを楽しんでいることは知っていますので、個人的には驚きではありません。日本には面白いクルマがたくさんあります。その典型は真四角の軽自動車で、日本のミニバンも四角い。自由に使えるクルマが好まれる日本で、カングーはほかにはないサイズ感で受け入れられてもらえているのだと思います。大きくデザインが変わった新型カングーが、日本でどんなニックネームをつけられるかも楽しみです。
また、今回のカングーはどんな仕様でも、できるだけビジュアルに差が出ないようにするのも大きなテーマでした。そのために新型カングーのバックドアには今までになかった“ロザンジュ”を配して、開閉ハンドルもガーニッシュにうまく隠すようにして、左右対称に見えるようにしています。これならダブルバックドアの日本仕様も、フランスのハッチゲートに似て、とてもスタイリッシュに見えると思いますよ。」
グループ・ルノー
ライトコマーシャルビークル部門
デザインダイレクター
モントリオール大学で工業デザインを学び、カナダに拠点を置く主に航空機の製造で知られるボンバルディアに入社。さまざまなモビリティのデザインにかかわった後、1988年にルノーにインテリアデザイナーとして入社。初代メガーヌなどを手がける。いったん自動車業界を離れるものの、再びルノーに復帰。2005年より、LCV部門のデザイン責任者を務めている。