2023.03.31
KANGOOのすべて Product Story/カングーを感性で評価する日本市場には我々もおおいに関心をもっている
欧州では商用車という顔も持つカングーが約14年ぶりに刷新された。カングーは今回の新型でも、プロフェッショナルツールとしてのお約束を確実に押さえつつ、市場環境の変化やライバルの動向に合わせて大きく進化した。というわけで、新型カングーのローンチマネージャー(LM)であるフローラン・ピシュロー氏に、その進化とこだわりについて教えていただくことにした。
LMとは日本では聞きなれない肩書だ。Launch=ローンチは(ロケットなどの)打ち上げ・発射や(船の)進水を意味する英単語で、クルマ業界では「発売、市場導入」といった意味で使われることが多い。ピシュロー氏の実際の仕事は「すべてのマーケットのニーズをエンジニアに伝えて、それをマッチングさせること」だそうで、自国フランス担当のLMはほかにいるそうだが、それ以外の市場は基本的にすべてピシュロー氏の担当だそうである。いずれにしても、ピシュロー氏は新型カングーのあらゆるディテールが、なぜそうなっているか……を世界で最も深く理解しているひとりということだ。
「先代カングーでは商用モデルと乗用モデルの比率はグローバルでおよそ7:3でした。2021年に3代目になってからは累計で商用が6、乗用が4の比率となりました。乗用モデル比率の向上は今回の大きな開発目標でもあり、新型カングーでは乗用モデルと商用モデルの差別化を明確にして、質感も大きく向上させました。とはいえ、商用がまだ少し優勢なのは、市場の数によるところが大きく、例えば南米とオーストラリアでは商用車だけのラインナップとなっています。一方で、これまで商用だけだったオランダやブラジルなどでは乗用車の導入が検討されているので、3代目カングーはまだまだ乗用比率が向上する余地があります。」
左から初代前期型、初代後期型、2代目前期型、2代目後期型、そして3代目カングー。2代目までの愛らしい表情から一転、3代目はかなり精悍さが増した印象だ。
乗用モデルとして、今回重視したポイントのひとつが静粛性だという。なるほど、静粛性は実際の試乗でも、走り出した瞬間に気づかされるほど如実に進化している。
「快適性向上は今回の大きな開発目標でした。競合車も総じて静かになっています。先代ユーザーからも静粛性についての指摘があり、新型カングーでは前後両方のシートでの快適性にこだわりました。先代と比較すると、新型はあらゆる部分に遮音・吸音材が追加されていますし、ガラスもすべて厚さを増しています。また、スライドドアのレールも剛性を上げることで、走行中のドア振動を抑制したり、スライドレール表面にカバーも追加して、空力を向上させることでこの部分のウインドノイズも低減しました。結果として走行中の車内は先代比で8dBも静かになりました。」
ピシュロー氏の口から「競合」という言葉が出たが、日本市場でのそれは間違いなくシトロエン・ベルランゴである。2020年にはカングーとベルランゴはほぼ同等の販売台数を記録。同時にプジョー・リフターも国内発売となったが、台数としてはカングーやベルランゴの半分にも満たない。ところが、ピシュロー氏は「欧州における新型カングーのゴールデンカー(=最大の競合車)はリフター。ベルランゴは正直に言ってあまり意識していません。」と明言した。そして「カングーやリフターと比較すると、ベルランゴは伝統的なルドスパスといえます。」と続けた。
遊びの空間を意味する「ルドスパス」という概念を定着させたのはカングーである。ルドスパスとは、いわばカングーのように商用車としてプロフェッショナルに鍛え抜かれた機能性やホンモノのツール感による「超実用的で遊び心満載の多目的乗用ワゴン」といったところだ。しかし、3代目となる新型カングーはあえて「ルドスパスからの脱却」を開発テーマとして、より乗用車ライクなMPVを目指したという。
「欧州でのベルランゴは比較的エントリー商品という位置づけで、リフターがよりプレミアムな存在とされています。新型カングーもリフター同様に、よりプレミアムなクルマを目指して開発されました。」
左から初代、2代目、3代目のコクピットのデザインスケッチ。純然たる道具という存在から、少しずつ上質感を付加してきたことが開発段階から見て取れる。
新型カングーでは、約14年という開発年次の違いもあってか、インテリアの質感向上も著しい。
「先代のダッシュボードはキズが目立ちやすいのがウィークポイントでしたので、同じハード樹脂でもよりプレミアムに仕立てました。フロントシートもフレームから刷新してホールド性を向上させました。一方で、リアシートはレッグルームを拡大させたほか、スライドドア開口幅を先代より拡大した615mmとしていますが、リアシート自体は変えていません。今なおベストだと判断したからです。フルサイズの3座独立というリアシート形状も欧州では好評です。カングーの主要顧客であるヤングファミリーでは子供ひとり+チャイルドシート2つという使用パターンが多いからです。また、カングーはプロフェッショナルユースとしてタクシーに使われることも多いですが、そこでもこのリアシートは便利です。」
……と、ルドスパスからMPVへの脱皮を目指した新型カングーは、欧州では2021年に発売されたが、その販売実績は「トレビアン(=素晴らしい)」だそうである。今は生産も追いつかない状態らしい。
一方で、カングーのツール感が好まれているわが国では、すみずみまで日本専用にこだわった「クレアティフ」グレードを企画。それを実現するために、徹底してこだわるルノー・ジャポンと生産拠点のモブージュとの間に立って奔走したのが、ほかでもないピシュロー氏である。
「特にクレアティフは我々が新型カングーで本来目指した姿とは確かにちょっと違いますね(笑)。ただ、欧州でのカングーは良くも悪くも主観的・感応的に評価される存在ではなく、3代目カングーはそこを打破することも大きな目標です。その意味で、すでにカングーが深く愛されている日本の状況は、我々にとっても非常に興味深いのです。」
商品開発部カングー担当
国際プロダクトマネージャー
ローンチマネージャー
ADLオートモーティブ(フランスのリース会社)にてキャリアをスタートさせ、2015年に商用車部門マネージャーに。2016年よりルノーに入り、QストマイズにてルノーおよびダチアのLCVの限定仕様や特殊車両のプロダクトマネージャーを務める。2019年以降は3代目カングーの輸出仕様のプロダクトマネージャーとして商品企画を率いている。